思い通りにならないことも多い駐在生活にこそ、アドラー的発想で同じものごと違うメガネで見てみたら・・・

継続的に関わらせて頂いている元駐在ママのクライアントさまからの報告が、とても心強いもので、アドラー心理学をベースに考えられて同じ物事も違うメガネで見るとこんなにラクにそしてしなやかに生きることが出来るんだと感じたコトがありました。

家族を愛する海外駐在ママの「わたしらしい幸せ」デザイン湯本レイナです。

 

イヤなことも気付きに変えて進もうと思う!

「で、ここからは我がフリ直せなんだけど・・・」

継続クライアントさまからは、日頃から「こんなことがありました!」「こんなことをチャレンジしてみました!」という報告を頂いていて、それは嬉しいお知らせもあれば「ちょっと聞いてよー」的な満足できなかったことも。どんなことも出してみてクリアリング(言葉に出してスッキリ!)して頂いています。

で、先日もメッセージでこのクライアントさまから最近あったことに対する想いが寄せられました。結構、ホンネトークな感じで。指導してくれる立場の人に対しては感謝の気持ちなのだけど、指導が一方的でこのクライアントさんにも色々事情があるのに・・・というのを理解してもらえてないというような内容。(守秘義務があるので詳細お伝え出来ませんが)

でも、このクライアントさまのスゴイところは、そのメッセージの最後のところで「で、ここからは我がフリ直せなんだけど・・・」と今回のことをただ単に愚痴で終わらせるのではなく、そこからの気付きを見出してそれを自分に置き換えたらどう活かせるかをじっくり検討していること!「私がこういう立場になったら、相手の話しを一度受け取ってから伝えることを伝えたいと思った」と。

アドラー心理学をベースとしたコーチングを受けてくださっているクライアントさまならではの切り返しだなぁ☆と嬉しく思いましたヨ!

全てのことから学べることがある」ということに気付き、「何を与えられているか(持っているか)」ではなく、この状況を「今後のためにどう使うか」。まさにアドラー心理学は「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」ですからね☆

アドラー心理学が身に付くことで、どんな苦境の中でも人生を自らの手で切り開いていくことが出来る。これは駐在先で色々な制約がある生活の中でいかに自分らしくそして楽しみながら過ごすことができるかを考えている駐在妻・駐在ママにとっても強い味方になる考え方だなぁと思います。そしてもちろん本帰国後の日本の生活においても!

本帰国後の子育てでは「日本は窮屈」と感じることも。駐在中だからこそできる親子の関わり方

海外子育ては、駐在先の国の文化によってもそれぞれだと思うので、私がここで書いているのは主にアジア方面の駐在ママの海外子育てになります。

家族を愛する海外駐在ママの「わたしらしい幸せ」デザイン湯本レイナです。

 

海外で子育てした駐在ママが、本帰国後、日本で子育てをするとき大事にしたいこと

駐在先での子育てはラクチンだった

私が2012年まで子連れ駐在帯同していた中国は、赤ちゃんのことを「宝宝(バオバオ)」というくらい子どもをとっても大事にしています。

帯同したての頃、わが子1歳半だったので、外に散歩に出かければちょいちょい知らないおばちゃんにかわいがられたり、外食先のレストランでは、ウェイトレスのお姉さんに必ず抱っこされて遊んでもらったりで、めちゃくちゃ子育てしやすかったです。

同じ中国でも、私は蘇州という中小都市に住んでいたので、余計そうだったのかもしれませんね。

本帰国して日本の子育て事情を知ると・・・

で、こんな感じで子ども生まれてすぐに帯同した場合、子育て期のほとんどを海外で過ごしていて、日本で子育てした時期が短い!という場合も。そうすると、日本での子育てってとっても窮屈に感じるかと思います。

最初からずっと日本で子育てしている人でさえ、「ベビーカー問題」だとか「子どもの泣き声トラブル」とか、こころが苦しくなることだと思いますが、それが海外子育てに慣れた駐在ママにとってはさらに大きな試練。

どうしても、ママが周りを気にして過ごすことが多くなり、そんなママを敏感に察知する子どもは余計駄々をこねたり、甘えてきたり。そんな子どもに対して、ママもさらにイライラエスカレート。負のループがグルグルしちゃいますね。

まずはママから「信じるこころ」をもって子どもに関わる

本当は社会が共同体感覚をもった場として子どもや子育てママを見守ることができれば、それが一番理想だと思うのですが、まだその状況までたどり着いていない現在、ママができることと言ったら、ママが子どもに対してコーチ的に関わってあげるということ。

それは「この子はこのことを乗り越えるチカラがある」と信じて関わる。

子どもがどんなことをしても、言っても、それは表面上のことであり、本当に言いたい本音が別にある。しっかり寄り添い、それを引き出していく。

実は社会の声に対してもそうで、子育てママを批判するような声が社会の声として聞こえたとしてもそれをそのまま受け取るのではなく、相手は本当は何か言いたいことがある。何か自分に気付かせてくれてる。その背景に何か理由がある。

本帰国後の元駐在ママが日本の子育てで心が苦しくなったら、そんな風にアドラー心理学的に「相手を信じるこころ、相手は敵ではないと思うこころ」(共同体感覚)を持った状態でモノゴトとらえることができたら♪と思っています。

揺るがない自分を持つには。駐在妻/ママだからこそ大切なこと

海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

海外駐在中の環境下では、いくら日本のテレビが見れたとしても、ネットで日本の情報が入ってくるとしても、周りの人間関係は日本にいたときよりも限られたものですよね。

 

揺るがない自分を持つには。駐在妻/ママだからこそ大切なこと

いろんな人がいる中どうしても影響を受けやすい

自分よりも駐在経験が長い人とか、自分よりも子育て経験が長い人とか、自分よりも人生経験が長い人とか。はたまた全然、経験値は関係ないけど、集団の中で、とても「声」が大きい人とか。

いろんな人がいるので、どうしても周りの人に影響を受けやすい。周りとの調和を大事にしたいあなただからこそ、その都度、揺るがされてしまう。

でもホントはこう思ってるってことがある。そんな時はどうしたらいいのか。

アドラー流コーチングでは「イス」を用意してあげます

私たちアドラー心理学をベースとしたコーチングのセッションでは、登場してくる人物・感情みんなにイスを用意してあげます。

イスを用意して、ひとつひとつの想いに寄り添って充分感じてみようとするということです。

例えば、駐在先の日本人コミュニティでの人間関係に悩まれている時には、その悩みに登場される人物のひとり1人の椅子に座ってみて、その人の見てるもの、聞いてるもの、感じてるものを味わいます。

そしてその人のこれまでの過去の経験などを想い、その人が大切にしているもの、その人自身の本音などに充分耳を傾けたいと思っています。

そのうえで、自分自身はどう思うのか、そんな相手との関係をこれからどうしたいのか、などを感じ考えていきます。

また、先ほどのように「揺るがない自分」を手に入れたい時。

「揺るがない自分」と「揺らぐ自分」の両方にイスを用意してあげて、両方に平等に肩入れして話を聴いてあげます。

そう、ひとりの自分のことなのですが、それぞれの感情を別々に分けてそれぞれの言い分を聴いてあげるわけです。

そうすることで、分かれていた複数の自分が協力して、目指していきたい未来を描くことが出来るようになります。

本当に望む未来が描けたら、あとは、やれる・やりたいアクションプランは勝手に出てきてしまうものだったりします。

駐在妻/ママにだからこそ役立つアドラー流コーチング

駐在先の日本人コミュニティの中で、自分を押し殺すことなく、他人の声にブレることなくありのままの自分でいられるために。

アドラー心理学ベースのコーチング思考が、あなたの役に立つかもしれません。

周りとうまくやっていきたい駐妻/ママこそ「課題の分離」を知ると人間関係に悩まなくなる

海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

駐在中って周りで関わる人間関係って非常に限られていて、もちろん現地の方や同じように海外から駐在で来ている他国の方とのお付き合いもできますが、やはり多くは同じように日本からの駐在妻とのお付き合い。皆さんはどうされてますか?

 

周りとうまくやっていきたい駐妻/ママこそ「課題の分離」を知ると人間関係に悩まなくなる

嫌われると海外では生活できない?!

周りの方と仲良く、波風立たせずに過ごすために・・・。そんなことを海外に住む日本人同士意識的、無意識的に思っているところはあるかと思います。

慣れない海外での生活。全くのひとりで最初から全てこなせるわけもなく(英語圏でないと語学の壁があり特に・・)、誰しも誰かのお世話になりながら、助けてもらいながら、生活しているのが現状なのでは。

そんな背景がある駐妻にとって、人間関係が生活基盤にもつながりやすく、「嫌われる=生活していけない」と言っても大げさ過ぎないのではないでしょうか。

周りとうまくやる=自分を押し殺すこと?!

では、そんな人間関係をうまくやっていくためにどうしたらいいのか。

カンタンに思いつくのは、相手優先・自分は後回し。もともと日本にいたときからそういう性格~という方もいらっしゃるかもしれませんが、そうでない方もまずは駐在先輩の声を優先して生活に取り入れるというフェーズも少なからずあるかと思います。

でも、自分を押し殺してまで相手を優先するって、続けていくと苦しいですよね。

「それっておかしいんじゃない?」と思ってもなかなか声に出せないでいるとか、人の目が気になるようになってしまって、自分が行きたいところ・やりたいこと・チャレンジしたいことを表に出せずにいるとか、小さなことでもその積み重ねでモヤモヤ・ザワザワすることがありませんか?

人目が気になるときにこそ「課題の分離」

もちろん駐妻のみならず、全ての方に当てはまりますが、自分の言動に対して人の目が気になるという方にお伝えしたいのが、アドラー心理学でいう「課題の分離」。

その課題で一番困っているのは誰なのか、その課題は最終的にそれによって困る人の課題。そうしたら他人は【相手の課題に踏み込まない】・【相手が課題を課題として思う権利を侵さない】。

「相手が自分のことをどう思うか」も自分にはどうしようも変えることができないことであり、相手の課題。自分の課題にしちゃわない。自分が発信したことに対して、それでも付き合いたいと思ってくれる方と付き合えたらそれが一番幸せですものね。

海外だとそれがなかなか思うようにならないこともある。しかも、駐妻仲間は常に新たな方が加わり、仲良くなった方は本帰国していくという、人間関係の変化が日々続いていく環境。

周りの人には言えないけれど、誰かに話してモヤモヤをスッキリさせたい。そんなときには利害関係がないメンタルコーチがあなたのお役に立てます。

また、どんな対人関係もアドラー心理学の勇気づけコミュニケーションでスンナリいくことも♪そんな勇気づけコミュニケーションをオンラインで学べる「アドラー心理学勇気づけ勉強会(オンラインELMエルム講座)の詳細はこちらから ≫

原因を知りたいという気持ち、わかる気がする

アドラー心理学では「原因論」ではなく「目的論」で物事捉えたいと考えています。海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

 

アドラー心理学は「目的論」。とはいっても、原因を知りたいと思うのもわかる

なぜ原因を追究したいのか

という見出し自体が「原因」を追究していますが(笑)

先日の夕方、(疲れがたまってるとか他にも理由はあったかもしれませんが)お昼過ぎから夕方にかけてやたら頭が重くて、肩が重くて、これ頭にガンガンくるヤツだ~と思ったので、子どもをお風呂に入れてから「あとは自分たちでよろしく!」と18時に先に寝かしてもらうことに。

で、その時に、以前、Facebookでの友人の投稿で「低気圧の配置がこんなんじゃ頭痛にもなるわ!」というのがあったのを思い出し、「今日の低気圧ってどうなってるんだろう」と寝る前に検索。

そしたら頭痛と気圧配置の関連性を見せてくれる無料アプリまであって、それを思わずインストール!そのアプリでは、住んでるところの気圧配置から、この日のこの時間は危険!頭痛注意!というのまで教えてくれたんです。

それを知ってどうってわけでもないのですが、このタイミングで頭が痛いのはそのせいか~やっぱり!と知ると、頭の痛さは変わらなくても納得して治そうと思える気がしました。

となると、人間「原因を知ると納得して治そうと思う」生き物なのかもしれない!という。。

やはり私たちは目的論で考えたい

原因を知ることで納得できる。それはとても腑に落ちるのですが、往々にして、人はその原因のことを恨んだり、憎んだり、取り除こうとしたりして、うまく解決方法にならなくて苦しむことが多いのも事実。

原因論は物理学的な考え方だといいます。機械が故障した時に、何が原因かを探りそこを修理することで正常に作動する。それに対して、心理学的には目的論で考えたい。

私たちのアドラー心理学をベースとしたコーチングでは、問題が浮上したときに「どうしてだろうね~?」と一緒に原因の追究ばかりをするのではなく、問題による想いを十分味わってから、「じゃ、どうしたいんだろう」を一緒に考えます。

さっきの原因が分かった後に「納得して治そうと思う」も、要は「どうなりたいか」を考えてるわけですよね。だからこそ、コーチングセッションでは、ただの愚痴を吐いて終わりのトークとは全然違う結末になるというわけなのです。

原因を追究したら、どうなりたいかの目的論で考えよう☆

海外駐在先では日本人カースト制度があるって本当?

海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

駐在先には、駐在歴が長い奥様も来たばかりの奥様も、そして駐在家族の一般的な駐在期間3~5年という期限がない移住組の奥様もいらっしゃいます。

そんな日本人コミュニティ(もしくは同じ会社の奥様コミュニティ)にカースト制度のような序列があると聞くことがあります。本当なのかな?

 

海外駐在先では日本人カースト制度があるって本当?

約30年前の駐在妻@バンコクは

我が家は、私が小学生時代にも父親の海外赴任でタイのバンコクに4年半。そして私が母になってから1歳半の息子を連れて中国の蘇州に約4年住んでおりました。

母親からは、当時(もう30年前)のバンコクでの日本人コミュニティに上下関係のようなものがあったという話は聞きませんが、日本人の家族がバンコクは当時から多かったので、会社の業界によって、駐妻のカラーはあるとは聞くことはありました。

約10年前の駐在妻@中国蘇州は

一方、私が駐妻として中国に赴任した時は、もっぱら親切な人ばかりで、よく言えば「優しいママ♪」ちょっと皮肉って言えば「お節介おばちゃん(笑)」が多かったと記憶しています。

駐在生活が始まったばかりの時は、必要最低限である「毎日の食糧を買う場所」「子どもを遊ばせることができる近くの公園」と「自宅」の行き来が行動範囲でしたが、その行き来の間に既に駐在何年かになる誰かしらから声がかけられました。(ナンパ♪)

1人では出来ない・行けないところに一緒に連れて行ってもらったり、イベントがあれば誘ってもらったりということで、徐々に行動範囲が広がるものでした。そして、自分も駐在歴が2~3年になってくると、自然と新しく来る方には同じように接する方が多かったと思います。

↓同じ敷地のマンションの日本人ママに誘われて韓国人ママのおうちにのり巻き作りに行ったり~♪

めちゃ美味しかった☆

日本人コミュニティ内にカースト的雰囲気があったら・・・

でも最近は日本人コミュニティの中に「カースト」的な雰囲気もあるとかないとか。。

日本人コミュニティも駐在先の地域によって日本人の数が少なかったり・多かったりで雰囲気も変わるだろうし、先進国と後進国で日本人の行動範囲が変わるだろうし。はたまた、時代によって駐在企業の業界も変わるのでその奥さんカラーも変わる・・・

そんなことを思うと、もちろん、行ってみて実際に生活してみないと一概に決めつけることはできないですが、これから駐在を控えている駐妻/ママにとっては心配のタネですよね。

海外にいるときこそ「課題の分離」

駐在先がどんな状況なのか。自分でコントロールできることもあるけれど、コントロールできないこともある。コントロールできること(自分のこと)は、自分の望むことをしっかり把握してそれに近づくように一歩一歩行動をする。

一方、コントロールできない他人のことについては、アドラー心理学で言う「課題の分離」。他者が他の人をどう思ったり関わったりすることは、その人自身の課題であるので、それを自分が心配したり、改善しようとしたりするのは、他者の課題に踏み込んでいるということ。

他者の課題は他者に任せて、自分が出来る、自分が良いと思ったことをひとつ一つ積み重ねていく。

アドラー心理学を知っているだけで見えない不安、そして実際に頭を悩ます困りごとからも解放されて自分らしく生きることが出来るんですよね☆

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どうしても人と比べてしまいツライとき、あなたの基準はどこにありますか?

誰しも経験することがあるであろう「どうしても人と比べてしまいツライとき」。あなたはどう対処していますか?海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

 

どうしても人と比べてしまいツライとき

どんな時に人と比べてしまう自分がいますか?

私もついつい人と比べてしまいがちな人です。例えば、家庭の事情でひとり起業のシゴトがはかどらないでいる時に、Facebookなどの投稿で活躍している仲間を見たとき、「彼は、彼女は、あんなに色々出来ているのに自分は・・・」と思ってしまうことも。

その時の状況をよーく観察してみます。自分の中で何が起こっていますか?「自分は出来てない」「自分には価値がない」「自分にはないものを持っている」「自分には到底マネできない」比べる相手との距離、世界観に自分とのギャップがだいぶありますよね。

劣等感は悪いものではない

アドラー心理学では、劣等感はすべての人が生まれた直後から持つもので、決して悪いものではないと考えます。乳幼児は本能的に周りの大人や自分よりも先に生まれた子のようになりたいと思って、見て・聞いて・触って・マネをして、言語でも運動でも成長をしていきます。

でも、そんな劣等感を過度に感じて、「生きていることに価値がない」「自分は所属するところがない」など考えてしまうと劣等感は劣等コンプレックスと呼ばれるようになります。

どこに基準を置くかで劣等感は成長欲に変わる

人と比較をするとき、通常は自分と同じくらいの経歴・レベル・環境の人を見て比べようとします。

ところで、コーチングセッションの時に質問させて頂くことがある「自分が目指したい・目標としたいモデルケースの人」についてちょっと想像してみてください。こんな風になりたい、あんな風にビジネスをしたい。

そんな憧れの人に基準を置いて自分の現状を見る時、そのギャップは「劣等感」を持たせるというよりも、より自分が目指すレベルまで行く「課題設定」ができたと捉えることができるのではないでしょうか。

先日の持続的に人気のあるひとり起業カメラマンも仰っていましたが、自分の中でどこを基準にするか、その基準に対して自分でどのように課題意識をもって切磋琢磨していくか、それが大事だと。

人と比べてしまう自分を見つけたとき、「一体、自分はどこに基準を置いて人と比較しようと思ってるんだろう」ということを今一度、問い直したいですね。