2009年、中国赴任直後のことを思い出しながら書いています。海外駐在ママのライフデザイン湯本レイナです。

 

赴任直後、最初は誰しも孤独な存在

赴任当初は心細いもの

先に中国入りしていた夫と1歳半の息子との3人生活が始まりました。

日本にいたときは、お互いの両親が電車や車で手伝いに来れる所にいたので、初めての慣れない子育てを色々手伝ってくれていました。

一方、中国に来た当初は、「アイさん」というお手伝いさんはいるものの、家族がそばにいないという不安感はどうしてもぬぐえないもの。

ましてや、日常的に発生する食料品の買い物でさえも、中国語がまったくわからなかったので、英語も通じないし、もどかし過ぎる毎日・・・。蘇州のように中小都市だとなおさらね。

今となってみれば、親元であれこれ言われて育児するよりも、お掃除のアイさんがいる生活の方が、自分らしく自分のペースで子育てもできて良かったわけですが、赴任当初はなかなか心細く感じたものです。

日本人ママ・日本人奥さまと知り合いに

赴任した2009年当時、蘇州にも既に多くの日本人が住んでいたので、新しく赴任してきた家族にはすぐに人づてで同じような家族状況の日本人ママ・奥さまを紹介してもらえました。

日本人は大体同じようなエリア・マンションに住んでいるので、小さい子どもを連れて買い物に外に出るだけで「新しく来た方?」と声をかけられたものです。

そこから「今度○○行くので一緒に行く?」とか「今度□□さんの家で△△をつくるから一緒に来る?」などお誘いを受けて、自分1人では赤ちゃん連れで出歩けない知らない街にも出掛け始めるようになりました。

まさに「ひとりじゃなく、みんなで協力して生きていく」それを実感した日々でした。

と同時に、こういう日本人コミュニティに馴染める場合もあれば、なかなか馴染めない場合も当然あります。

既に出来あがった輪の中に入るのですから、何も知らない状態から色々教えてもらう立場で入るわけですから、新参者としての立ち位置とか振る舞いとかコトバとか、当時私も色々考えちゃったりもしました^^;

そのうち、同じくらいの時期に蘇州にやってきたママ友ができ、そうすると次第に楽チンに交友関係ができるようになりました。

ちなみに今は、同じマンションエリアに新しく日本人が来られても、その入れ替わりの多さから特に話しかけることもなくなったとか。。。

そんなこんなで、「気持ちを共有できる相手がいる」「話せる相手がいる」そんな存在がとても大きかったと思います。